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誰も教えてくれない。医療法人化したあとの財務バランス

2021.04.14
誰も教えてくれない。医療法人化したあとの財務バランス

1 黒字だから医療法人化の落とし穴

「そろそろ所得も高くなってきたので医療法人化を検討しましょうか?」

開業し経営が軌道に乗ってくるとこんな提案を税理士から受けることもあるかと思います。
ここまではたぶん皆さん耳にしたことがあるのではないでしょうか。

それでは「個人の借金が引き継げなかった」「身に覚えのない「役員貸付金」なるものが出た」こんな話は聞いたことないですか?

実はこれ医療専門で長くやっているとそんなにめずらしい話ではないのです。

せっかく医療法人になって役員報酬という給与所得者になったはずなのに、税金引かれた手取りの中から個人名義で残った借金を返し続けるか、借りた覚えのない医療法人から自分への貸付金を返し続けるか。返済先が金融機関か医療法人かというだけで結果自分の懐が痛むのは一緒です。

ではどうしてこういう事態が起こるのでしょうか。それは「黒字だから節税対策のために医療法人化する」それしか考えないで法人化するからです。

これから具体例を使って黒字ならOK神話を崩していきます。

2 医療法人には個人名義の資産・負債のうち「何」を「いくら」持っていけるか

前提としてあくまでもイメージしやすく・わかりやすくすることを第一に、東京都のルールをベースに記事を作成しております。実際には一部異なることが出る可能性があることはご承知ください。

医療法人化するときは、まず医療法人になったら個人名義の資産・負債のうち「何」を「いくら」持っていけるかを考えていきます。図の例を使ってみていきましょう。

①個人決算書
売上 2,300
経費 1,200
借入元金返済 600
税金支払 200
生活費支払 100
キャッシュ残 200

①個人決算書
  ○医療法人になる直前の年間実績と仮定します。
  ○そのまま、

年間売上    2,300
経費      1,200 (原価、人件費、家賃、借入利息その他全ての経費)
借入金返済    600 (「元金」返済)
税金支払     200
生活費支払    100
残るキャッシュ   200

と読んでください。

 

①個人最終B/S
現金 1,500 運転借入 1,000
建物 500 設備借入 2,000
医療機器 1,000 純資産 500
保証金 300
その他資産 200
合計 3,500 合計 3,500

②個人最終B/S
  ○医療法人になる直前の個人の資産と負債の内訳です。

<資産>
・現金 1,500
預金残高として、「売上−経費−借入返済−税金支払−生活費支払」で残ったキャッシュを、開業~法人化直前までの期間で貯めてきた金額と考えてください。

・建物、医療機器 1,500
減価償却されたあとの帳簿価格です。

・保証金 300
賃貸借契約書に規定される退去したら返還される金額です。

・その他資産 200
ここでは少額資産(10万円超30万円未満)とします。

<負債>
・運転借入 1,000
運転資金として借りた借金です。

・設備借入 2,000
上記建物、医療機器、保証金を支払うために借りた借金です。

<純資産> 500
・個人で出した黒字の累計をイメージしてください。

以上が医療法人化するときのスタート時点です。

3 財務バランスまで考えて法人化できたとはどういうケース?

ではこれを一定のルールに則って、「個人名義の資産・負債のうち「何」を「いくら」持っていけるか」をあてはめていきましょう。
まずは③「法人設立時 法人B/S」からです。

法人設立時 法人・個人B/S
③法人B/S ④個人B/S
現金 300 運転借入 0 現金 1,200 運転借入 1,000
建物 500 設備借入 2,000 建物 0 設備借入 0
医療機器 1,000 基金 100 医療機器 0 純資産 400
保証金 300 保証金 0
その他資産 0 その他資産 200
合計 2,100 合計 2,100 合計 1,400 合計 1,400

○現金 300
・①個人決算書の「運転資金+借入金元金」の2ヶ月=(1,200+600)/12ヶ月×2ヶ月=300
・医療機関は保険診療がメインになるので、社保国保の入金は2ヶ月後です。よって当面の資金として運転+借入返済の2ヶ月分を現金で入れておくことが要求されると考えると分かりやすいかと思います。

○建物、医療機器 1,500
・減価償却されたあとの帳簿価格そのままです。

○保証金 300
・賃貸借契約書に規定される退去したら返還される金額そのままです。

○その他資産 0
・減価償却されない資産は引き継げません(法人化する前に全て経費処理されてしまう資産は引継の対象にならない)。

○運転借入 0
・「運転資金」は医療法人には引き継げない
もうこれはルールです。と今回は言っておきます。イメージとしては「買ったものがまだ使える、または残っている」ということが、確定申告書でわかるものに対して使った借入金(今回のケースだと建物、医療機器、保証金の支払いに充てた資金)のみが引き継げます。

運転資金は基本出ていって残らないものに使われていくので当てはまらないと考えていただくと分かりやすいかと思います。

○設備借入 2,000
・設備借入は基本全額医療法人に引き継げます。
・ただし、上記その他資産のように医療法人に引き継げない資産の購入に充てた部分は引き継げません(今回は全額引き継げる資産の購入に充てたと仮定)。以下参考まで。

例)借入総額 5,000(建物3,000/医療機器1,800/その他資産200の購入に充てる)
現在の残高 3,000の場合
引き継げる設備資金 3,000×(3,000+1,800)/5,000=2,880

○基金 100
・要は差額です。ここがプラスになるのは必須。なおかつ金額が少なければ少ないほどよしです。
・説明すると長くなるのでまた別の機会に。

次は、④「法人設立時 個人B/S」です。
これは②「個人最終B/S」から③「法人設立時 法人B/S」を引いた残高になります。

ここで注目ポイント!

ルール上、医療法人に引き継げなかった運転借入1,000より、個人に残った(法人の当面の運転資金として入れなければいけない金額を引いたあと個人に残った)預金が1,200と上回っているため、ここで精算してしまえば個人の借金は0になり、200残って個人は終了になります。

残った200はそのまま個人のお金なので使い道は自由です。

ちなみにその他資産200は個人の最終決算で経費処理して終了です。

これが財務バランスまで考えて法人化した場合の成功パターンです。

4 個人の借金が残った?身に覚えのない役員貸付金が発生した?とはどういうケース?

では冒頭の「個人の借金が引き継げなかった」「身に覚えのない「役員貸付金」なるものが出た」例について同じ図で数字を変えてみていきましょう。

まず①売上2,300で経費1,200ということは1,100の利益が出る「黒字」クリニックです。
ではその下の「生活費」が100ではなく200だったらどうでしょうか??

1,100利益が出ることは一緒なので支払う税金は同額です。
ただし、1,100−600−200−200=100円で、最初の例より毎年100キャッシュ残が少なくなります。

これが5年間同じ収支で続いたクリニックだとしましょう。

毎年100のキャッシュ残が少ないことが続いた結果、同じ収支で毎年1,100の黒字を出し続けても、現金残高は1,500−500(=100×5年)=1,000となっているはずです。

すると②の現金が1,000となるため③の現金は変わらず300ですが④の現金が700になってしまいます。

そうなるとルール上、医療法人に引き継げなかった運転借入1,000より、個人に残った(法人の当面の運転資金として入れなければいけない金額を引いたあと個人に残った)預金が700と下回っているため、個人の借金が実質300残ったまま医療法人がスタートします。

すでに収入の原資となる診療所の機能は医療法人に移ったあとなので、法人から支給される役員報酬の税金引かれた手取りの中から個人名義で残った借金を返し続けることになるわけです。

これが「個人の借金が引き継げなかった」例です。

では「身に覚えのない「役員貸付金」なるものが出るケースはどういった場合か。
これは②から③で無理矢理運転資金を医療法人に引継いだ(詳細は伏せます)場合を想定ください。

すると④の個人にお金を残す必要がないので、②の現金が1,000、③の現金も1,000、③の運転借入が1,000という状態になります。

そうすると、③の

左側は現金1,000+建物500+医療機器1,000+保証金300=2,800
右側は運転借入1,000+設備借入2,000+基金100=3,100

B/Sって「貸借対照表」という通り右と左が同額である必要があります。
そうすると左が300足りないですよね?

では300左に足してあげましょう。
何て名前(勘定科目)にしますか?そうです「役員貸付金」です。

「医療法人から私が借りた???」身に覚えがないのに急に出てきます。

そして300ってどこかでみた数字ですね?そうです。
上で出てきた個人に残った借金と同じ金額です。

ちなみにこの場合も法人から支給される役員報酬の税金引かれた手取りの中から医療法人への借金を返し続けることになります。

5 黒字だったはずなのに・・・

300の借金が残ることも返済方法もどちらも同じです。

どちらがマシかと言えば、法人に役員貸付金が出る方が金融機関の評価は低いと思うので個人ですかね。

「黒字」だったはずなのに。
「ちゃんと税金も借金も払ってお金も貯めていた」はずなのに。
「黒字だから医療法人にした」はずなのに。

個人に残ってしまったとされる借金を支払うには希望の手取りに足りないため、役員報酬を多く取らないといけない。
あれ?結局個人の税率下がっています??

以上、「誰も教えてくれない。医療法人化したあとの財務バランス」でした。

6 医療法人化を考えたらまずは弊社の事前相談へ

このような事態を避けるため、弊社はまず「黒字であれば経営は万全である」という思い込みを是正し、「黒字かつ必要なお金が貯まる経営」を目指してクリニックの経営を支援しております。

そのためにはまず本当に必要なお金が稼げているかを知ってほしいと思っています。

表にしてみると非常にシンプルな話ですよね。

売上から経費を引いて出た利益から借入金元金返済と税金を引いて残ったお金が自由に使える生活費です。
これっていくら必要か家族構成、生活水準の価値観によって全然違ってきますよね?

さらに言えばもっと事業拡大をしていきたい、そうでなくても今度医療機器を買い換えるときは借金をしたくない。
そう考えたら生活費を取ったあと内部留保を残しておく必要がありますよね。

売上は一番モチベーションに繋がるので一喜一憂しながら追いかけることは何ら間違いではありません。

また黒字はそもそも事業をするなら出してほしいし出すべきです。

ただそれだけで「節税したいから医療法人にする!」というのはちょっと待ってください。というのが今回のお話です。

弊社は会計業務・法人化の行政手続きをフルセットで支援できるため、法人化手続きの知識不足による上記のような問題を未然に防ぎます。

弊社の法人化の業務フローは適正なタイミングでのご提案はもちろん、事前に法人化後の財務バランスを審査し問題をクリアした上で法人化の手続きを行います。

そのためにも個人開業時から「黒字は出ているけど実は必要お金が貯まっていない経営」ではなく「黒字かつ必要なお金が貯まる経営」を支援し、結果、法人化が適正と思われるタイミングにおいて、法人化後の財務バランスも適正であることを目指しております。