記事・ブログ
なぜ東京で社宅を持つことができる医療法人とできない医療法人の両方が存在するのか

先に結論を申し上げると、東京であろうと、どこであろうと、医療法人が社宅を所有したり賃借したりすることは原則としてできません。
はじめに
ここでいう「社宅」とは、役員など特定の者のみが居住する社宅の所有・賃借のことを指しています。
たとえば、診療所の近くにアパート1棟を借り上げ、スタッフ向けの社宅として提供するようなケースは含まれません。今回前提としているのは、多くの医療法人に見られるように、社宅を活用しているのが役員のみというケースです。
それでも、「自分は東京に診療所を持つ医療法人だが、社宅を借りられている」「知り合いの法人も社宅を所有したり借りたりしている」と思う方も多いかもしれません。
この点については、あくまで弊社の見解ではありますので、場合によっては異なる判断をする専門家がいる可能性もあります。とはいえ、東京都はもちろん、厚生労働省も、役員等特定の者のみが居住する社宅の所有・賃借については明確な判断を示しており、今後は指導が強化されていく可能性が高いと考えています。
このあと詳しく説明しますが、医療法人に関しては、税法と医療法で判断が異なることが多く、税法上はOKでも医療法上はNGといったケースがよくあります。
そして、こうした判断は、本来は顧問税理士ではなく、医療法人の経営者である理事長自身が理解しておくべきことです。医療法に基づく規制は、税理士試験には出題されません。
これらの情報は、あくまで開業医専門である弊社が、現場で培ってきた経験に基づく知見です。
実際、法人化を検討する際に、専門特化した税理士へ顧問を変更される先生が多いのも、法人化後の運営においてこうした知識が必要不可欠になるためです。
税務上の社宅の取り扱い
役員社宅について、世間一般ではどのように扱われているのか
これは、ネットで「役員社宅 税務」などと検索して詳しく中身を見ていただくとお分かりいただけるかと思いますが、条件に応じて適正な賃料を役員から徴収すべきことは規定されているものの、役員に限定せず全スタッフにも社宅制度を利用させないといけない、というようなことは書かれていません。
なんせ「役員」社宅なので、多少厳しくは規定されていますが、法人が役員社宅を活用すること自体を否定しているわけではありません。

医療法の取り扱い
対して、医療法における役員社宅の考え方はこれとは異なっており、以下は、東京都のHPに掲載されている「医療法人制度の概略」の中から、該当部分を抜粋したものです。
医療法人が必ず遵守しなければならないことの一つに、「非営利性」があります。
よく勘違いされがちですが、ここで言う「非営利性」とは、利益を出すことを禁止しているわけではなく、役員や第三者への剰余金の配当を禁止しているという意味です。
たとえば株式会社であれば、株主に配当金を支払うことがありますが、医療法人ではそれが明確に禁止されています。
ただし、現在の医療法人は「持分なし医療法人」が主流であり、「株式に相当するような持分自体が存在しないのだから関係ないのでは?」と思われる方もいるかもしれません。しかし、医療法が規定する「剰余金の配当」とは、直接お金を役員や第三者に支払うことに限らず、形式を変えていても、実質的に剰余金の配当とみなされるような行為も含めて禁止しているのです。
禁止行為の主な例 ― 剰余金配当の禁止(法第54条)
<剰余金の配当とみなされる例>
- 役員職員及び利害関係者等に対する貸付(福利厚生として内部規定を設け全職員を対象とした貸付を行うことは可)
- 役員等特定の人のみが居住する社宅の所有又は賃借
- 理事長等が経営する営利法人に資金援助
- 理事長等の個人的な借入の返済又は、法人資産を担保提供
- 役員等特定の人のみが使用する保養施設の所有
→ 決算後生ずる利益剰余金は積立金とし、施設改善や従業員の処遇改善等に充てるのが適当
参照元:https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/hokeniryo/r5gairyaku
代表的な例がMS法人との取引です。医療法人の役員とMS法人の役員を兼任することが原則として禁止されているのは、MS法人との取引を通じて、実質的な剰余金の配当が行われることを懸念しているためです。
わかりやすい例を挙げると、第三者に業務を委託する場合は月額10万円程度で行われる取引を、MS法人とは月額50万円で行っていた場合、その差額40万円が、実質的には剰余金の配当行為にあたるといったイメージです。
そして東京都は、役員等特定の者のみが居住する社宅の所有や賃貸について、先に挙げた通り、公式に例示を交えて明確に禁止の考え方を示しています。
さらに厚生労働省も、「持分の定めのない医療法人への移行計画認定制度Q&A」の中で同様の見解を示しており、過去の移行認定審査においても、役員専用の社宅を所有していたために審査を通過できなかった事例が確認されていることから、国の方針としても、役員のみが利用する社宅は剰余金の配当とみなされる可能性が高いと言えます。
【厚生労働省 Q&A Q4-3】役員に社宅として建物を貸与していますが、問題となることはありますか。
A. 役員等に対して社宅を貸与していることについて、
- 福利厚生規程に基づき、他の職員と同じ基準で貸与している場合
- 救急対応や建物管理等の業務上の必要性から貸与している場合(規程等に基づき貸与している場合や相応の賃料を受領している場合に限る)
のように、合理的な理由があると判断される場合には問題となりませんが、こうした合理的な理由が無いと判断される場合には、その役員等に特別の利益を与えていることになります。
なお、②のような理由で特定の役員等に社宅を貸与している場合には、受領している賃料の適正性についての説明を求める場合があります。賃料が適正であることの根拠資料としては、当該物件の不動産鑑定評価書や、近隣類似物件の賃貸借料の資料等が考えられます。
(※)当該認定制度は、他の法人よりも税制面での優遇を受ける制度であることから、特別の利益供与に当たるか否かの判断は、一般的な税法上の役員に対する社宅等の貸与の取扱いにおける賃貸上相当額の判断基準よりも、厳格に解されることとなります。
それでもなぜ、所有(賃借)できている医療法人が存在するのか
これはあくまでも弊社の見解ではありますが、単純に、本店を管轄する都道府県にまだ発覚していないだけのケースが圧倒的に多いのではないかと考えています。
他に考えられるとすれば、賃借については、東京都や厚生労働省が現在の見解を明示する以前に、「福利厚生規程に基づき、他の職員と同じ基準で貸与している」といった理由をもとに、指摘を免れていたケースではないかと思われます。
要は、「現在はたまたま役員しか社宅を利用していないが、本来は従業員全員が対象となる制度として社内規定が整備されている」という形式上の説明により、問題視されなかったというケースです。
余談ですが、過去には保養所の所有についても、同様のロジックで認められていた時期が確かに存在しました。しかしながら、現在はこの点について以前より厳しく見られる傾向にあり、上記のような理屈では通らず、実際に役員社宅の解約を求められたケースも直近で確認されています。
話を戻すと、医療法人が該当の社宅を所有または賃借していることが、本店を管轄する都道府県に発覚する経緯としては、主に2つのケースが考えられます。
1. 事業報告書から発覚するケース(全医療法人が対象になる)
医療法人は毎年決算終了後に「事業報告書等」といって、都道府県が指定する書類の提出が必要になります。例のネットで簡単に他の医療法人の決算内容が見られるあれです。その中の一つに「損益計算書」があり、東京都の様式は下図のようになります。

基本的には、たとえば売上であれば「保険診療がいくら、自由診療がいくら」、経費であれば「薬剤の仕入れがいくら、役員報酬がいくら」といったように、細かい内訳を記載するわけではなく、売上はまとめて「事業収益」、原価や販管費もまとめて「事業費用」として記載されます。
このとき、医療法人が役員社宅を所有または賃借している場合、医療法人は役員から家賃を徴収する必要があり、その徴収額は法人の収入として、通常「Ⅱ. 事業外収益」に計上されます。
そもそも、医療法人が行うことのできる業務は限定されており、診療所の運営が本業です。その業務に支障がない限り、定款または寄附行為の定めに基づいて付帯業務を行うことができるとされています。つまり、もともとの考え方としては、「事業外収益はほとんど発生しないもの」という前提があるのです。
そうなると、事業外収益にある程度の金額が計上されている場合、「これは何の収入だろう?」と目に留まる可能性が出てきます。その結果、東京都から「この内容は何ですか?」というお尋ねが来ることがあります。
もちろん、たとえば従業員数の多い医療法人が、その年度に複数名分の人材関連の助成金を受け取っていたような場合であれば、内容が明らかに付帯業務と無関係と判断され、そのままスルーされることもあります。
しかし、それが役員からの家賃収入であった場合はどうでしょうか? 果たして、その内容を説明して納得してもらえる可能性は高いと言えるでしょうか?
実際には、事業収益に対する割合や金額のボリュームがある程度大きくない限り、お尋ねの対象になることは少ないため、ここで発覚するケースはそれほど多くはありません。とはいえ、先のような社宅家賃以外の収入も含めて事業外収益が一定以上の規模となった場合、その内訳の報告を求められる可能性は十分にあります。その際、「社宅の家賃収入だけは報告しない」という対応をとるわけにはいきません。
2. 分院申請で発覚するケース(分院申請する医療法人のみが対象)
先の通り、事業報告書から発覚するケースは、実際のところそれほど多くはないと考えられます。こちらは、東京都のHPに掲載されている分院申請の際に必要な書類一覧を抜粋したものです。

この中に「勘定科目内訳書」という項目があり、注釈には「(注2)直近の事業年度分。税務署に提出した様式」と記載されています。つまりその通り、税務署に提出したものと同じ内容をそのまま提出する必要があるということです。
この「勘定科目内訳書」は、税務署に提出する決算書の補足資料のような位置づけで、たとえば決算書に「預金1億円」とだけ記載されている場合、内訳書では「どの銀行の、どの口座に、いくらずつお金があるか」といった具体的な情報を記載することになります。
その中には「雑益・雑損失等の内訳書」という項目もあり、今回のように役員から徴収している社宅の家賃は、ここに記載されるのが一般的です。したがって、ここに「役員社宅の家賃」と明記されていれば、先ほどの「事業外収益が目につく」ケースと同様に、「この収入は何ですか?」というお尋ねの対象となる可能性があるというわけです。
なお、会計事務所によっては、この内訳をあえて詳しく書かない場合もあります。詳しく記載しておく方が親切ではありますが、実際には事務所ごとに「どこをどこまで手厚く記載するか」はまちまちです。ただし、当然ながら最も重要なのは、正しく会計処理されていることです。
そのため過去には、あえて詳しく内訳を書かないことで、結果的に発覚を免れたケースもあり、一時期はそれを“テクニック”として評価する風潮もありました。しかし、税務と同様にこういったやり取りはいわゆる「いたちごっこ」のようなものであり、現在の東京都の審査レベルでは、そうした小手先のテクニックは通用しないという印象です。
では地方ならいいのか?
先の通り、すでに全国の医療法人を統括する厚生労働省の見解が明示されている以上、東京以外であっても、今後規制が厳しくなる可能性は十分にあると考えられます。
現在、東京都での審査が厳しいのは、やはり全国の中でも医療法人に関する申請件数が圧倒的に多く、その中で培われた審査ノウハウの蓄積により、他の都道府県よりも審査精度が高くなっているためだと思われます。
たとえば、ある医療法人が東京とA県の両方に診療所を有している場合、本店所在地は東京かA県のいずれかを選択することができます。仮に最初に東京で開業し、本店を東京として医療法人を設立した後に、A県に分院を開設し、本店をA県に移すことも可能です。
その場合、たとえばさらに東京に新たにもう1院開設する場合や、他の都道府県に分院を出す場合も、審査を行うのはあくまでも本店所在地であるA県となります。したがって、仮にA県の審査が比較的緩やかで、該当する社宅の所有や賃貸が見過ごされている状態であれば、当面はそのまま通ってしまう可能性がある、ということは否定できません。
とはいえ、先の通り厚生労働省はすでに役員社宅に関する明確な見解を示しており、過去には地方で見過ごされたケースがあったとしても、それが「正式に認められた」という意味ではないことを忘れてはなりません。あくまでもそれは、
- たまたま見落とされた
- あるいは過去にはその理屈で通ったが、今後は通らない可能性が高い
といったものであり、現在は容認されていても、今後変化しうる立場であることは意識しておく必要があります。
最後に
文中にも書いた通り、税務と同様に、医療法人における各種判断も“いたちごっこ”的な側面があります。過去には問題にならなかったことが、今では通用しない――といったことが、日常的に起こり得ます。
弊社が、法人化や分院展開といった規模拡大のフェーズにおいて、税理士変更のご相談を多くいただいている理由は、単に医療機関の経営や税務に明るいというだけではなく、医療法人特有の問題や、行政側の運用の変化に柔軟に対応できる経験値があるからです。
そして何より、現場のドクターと日々向き合いながらリアルタイムで行政対応を行っていることによって、最新のノウハウを蓄積できているという強みがあります。
ただし、ひとつ誤解いただきたくないのは、いわゆる「あの会計事務所は何でも経費にしてくれる」的な、グレーな処理を評価されるような存在を目指しているわけでは決してないということです。
あくまでも、規模拡大や多店舗展開を目指す医療法人にとって、行政対応は非常に重要な要素であり、その展開スピードに影響を与えるようなトラブルを未然に防ぐため、常に最新の情報を把握し、戦略的に動ける体制を整えているというのが、弊社の本来のスタンスです。
弊社では、規模拡大・多店舗展開を見据えるドクターの皆様を、積極的に支援しております。もし現状に少しでもご不安があるようでしたら、いつでもお気軽にご相談ください。

